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詳細
閲覧数:1966
ID |
AN0000711X-19820300-1004 |
アイテムタイプ |
Article |
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本文 |
AN0000711X-19820300-1004.pdf
Type |
: application/pdf |
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Size |
: 718.8 KB |
Last updated |
: Jan 11, 2011 |
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: 1608 |
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タイトル |
朱昂之筆「呉門荒政冊」
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著者 |
古原 宏伸
(Kohara hironobu)
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文化財学科
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版 |
publisher |
出版地 |
奈良 |
出版者 |
奈良大学文学部文化財学科 |
上位タイトル |
文化財学報
(Bunkazai gakuho, Bulletin of the study of cultural properties).
Vol.1集,
(1982.
03)
,p.23-
43
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抄録 |
道光十三年(一八三三)春、江蘇一帯は記録的な大水害に見舞われた。大湖・洞庭湖・高郵湖・管湖・長江を始め、広大な水利の輻湊する地域である。中でも呉県の東を去ること七十里の盛沢鎮は、呉江以東の低湿の地勢に臨んで被害最も甚しく、極目流離の惨状を呈した。もともと盛沢鎮は編戸多く織蚕を業とし、全くは農耕に依存しなかったために凶荒の歳に遇っても大困に到ることのなかったものが、年来漸く蚕桑の薄利を商質に疎んじられ、織戸の生計日に窮迫の度を加えていたところに水災に遭って、老弱婦女の飢寒に苦しんで泣号するもの、街衙に相望んだ。
この時江蘇巡撫林則徐は方策ことごとく時宜を得て、数十万人をして生活するを得しめた。配下の一人暁山鄭照は、同志に随って八方奔走し、僻村随巷足跡の至るところ、惨状を親しく目撃した。経歴すること百三十余日、今幸いに新豊に逢うも、往事寒餓の痛苦をとみに忘れる人情のつねを嫌って、一時所見の惨を写して、子孫の安逸を戒めようと、同里の画家朱昂之に依頼して一冊八図の絵画を制作し、郷里の同人に請うてその後に題詠を続けしめた。一つは林公救済の恩を記念し、合わせて豊穣の日に吏民の心すべきところを示し、農耕の銀難に思いをいたすべきことを明らかにするためである。(後幅鄭照践)この画冊は西独ベルリンの近郊、ダーレムドルフにある国立東洋美術館の蔵品である。画冊の史的背景、成立の事情、作者は明確であり、作品の真偽についても問題はなく、作者の画名の必らずしも大きくないために、一九五八年の購入以来注目されたことがなく、この画冊が国内国外を問わず紹介されるのはこの文章が初めてである。しかし具体的な政治の現実を描いている点で、通常の山水人物画とは大きく相異する。そして画冊のこの特色こそ中国絵画史の本質にかかわる問題を示唆するものと考える。以下この画冊の現状を検討することから、この小論を始めたい。 |
言語 |
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資源タイプ |
text |
ジャンル |
Journal Article |
Index |
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