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閲覧数:2465
ID |
AN0000711X-19840300-1008 |
アイテムタイプ |
Article |
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本文 |
AN0000711X-19840300-1008.pdf
Type |
: application/pdf |
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Size |
: 1.2 MB |
Last updated |
: Jan 13, 2011 |
Downloads |
: 4048 |
Total downloads since Jan 13, 2011 : 4048
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タイトル |
平城京と葬地
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著者 |
金子 裕之
(Kaneko hiroyuki)
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文化財学科
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版 |
publisher |
出版地 |
奈良 |
出版者 |
奈良大学文学部文化財学科 |
上位タイトル |
文化財学報
(Bunkazai gakuho, Bulletin of the study of cultural properties).
Vol.3集,
(1984.
03)
,p.67-
103
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抄録 |
和銅三(七一〇)年三月都は藤原の地を離れ、新たに営まれた平城の地へ遷った。都城の建設は単に建築学的な面だけでなく、都にふさわしい土地の選定に始まり、都城全域の河川管理や排水計画・整地といった土木工学、交通路網の整備までも含む広汎な総合体系を要した。標題の葬地の設定もその一還であった。
平城京の葬地に関する記録は知られないが『養老喪葬令』には「凡そ皇都及び道路の側近には並に葬り埋めることを得ざれ」とある。これは『日本書紀』大化二年三月の詔「凡そ畿内より諸々の国々に至るまでに、一所に定めて収めしめ、汚臓慮々に散じ埋むることを得じ」と理念的に共通するものであろう。こうした禁令の存在からみて、律令国家の手によって平城京周辺に葬地が設定されたとの推測を可能にする。都城周辺の葬地が律令国家によって意識的に設定されたとすると、都城と葬地の関係を追求することで、その都城がもつ特質を明らかにできるのではあるまいか。小稿はこうした観点から、まず平城京の葬地を明らかにしよう。 |
言語 |
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資源タイプ |
text |
ジャンル |
Journal Article |
Index |
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