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ID AN00181569-19791200-1009
アイテムタイプ Article
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タイトル 能登地方における葬制墓制・慣行調査: アンケート集約について
別タイトル
ASurveyontheCustomsofFuneralsandTombsinNotoDistrict: A Studon'yQuestionalre.
著者
松山 宏 (Matsuyama hiroshi)
文学部
小川 寛久 (Ogawa hirohisa)
文学部
publisher
出版地 奈良
出版者 奈良大学
上位タイトル
奈良大学紀要 (Memoirs of the Nara University). Vol.8号, (1979. 12) ,p.110- 119
識別番号
ISSN
03892204
抄録 若狭地方の両墓制の調査・研究は,大飯郡・三方町・小浜市・遠敷郡などにおいてかなりすすんでいる.そしてすべてに両墓制があるとされている.しかし敦賀以北においては実態調査がされず,また両墓制はないと言われている.だがこれは事実だろうか.というのは若狭では,真宗は火葬であるが禅宗ことに曹洞宗には両墓制が多くみられる.とすれば,嶺北に永平寺,能登に総持寺と,曹洞宗の二大本山がある点からみて,敦賀以北に両墓制がないのはおかしいと思う.また真宗即火葬,曹洞宗即両墓制と言えるかどうかも問題である.真宗にみるならば,現在真宗であっても古く真言宗あるいは天台宗であった寺院は少なくない.真宗寺院に,五輪石塔や宝籐印塔などの石塔のあることもこれを裏付けている.だから真宗勢力が増大する以前に,両墓制のあった可能性は充分ある.第一次葬地の火葬場をサンマイと呼び,第二次葬地の墓地をハカ,マイリバカとしていることもこれを傍証する.さらに若狭の大飯郡に高浜町があり,能登の羽咋郡にも高浜町がある.これは前者の住民が後者へ移動しTのではないかと考えられる.また羽咋郡滝崎から高岩岬・海士岬一帯,及び海士岬から鳳至郡門前町皆月一帯の漁村では南西の風のことを,いつの頃からか「若狭の風」と呼んでいる.ここにも若狭と能登の交流がありそうに、思える.
以上の諸点から,敦賀以北ことに能登に両墓制のあることは充分に推定できる.そしてこれを確かめようとするのが,本論文の意図である.なおこのためには色々の角度から実証すべきであるが,今回は各寺院に問い合せたアンケートの結果を集約し,それを述べることにした.アンケート回収率はやく三分之一である.
言語
jpn
資源タイプ text
ジャンル Departmental Bulletin Paper
Index
/ Public / 奈良大学紀要 / 8号
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