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ID AN00181569-20000300-1001
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タイトル 中国人の日本観: 魯迅
別タイトル
中国人的日本观:鲁迅
著者
蘇 徳昌 (So tokusho)
教養部
publisher
出版地 奈良
出版者 奈良大学
上位タイトル
奈良大学紀要 (Memoirs of the Nara University). Vol.28号, (2000. 03) ,p.1- 20
識別番号
ISSN
03892204
抄録 日中関係史始まって以来、初の中国国家元首公式訪問として、1998年11月、江沢民国家主席が来日した。日本側は、国民やマスコミも含めて、未来志向で、21世紀に向けての友好協力パートナーシップの構築と充実に大いに期待していたのに反し、中国側は過去の清算に重点を置き、所謂歴史認識の問題に終始こだわった。その結果、日中友好のムードは盛り上がるどころかすっかり冷え切り、折角の訪日が感情的には逆効果になってしまった。歴史認識は基本的には歴史の真実によるものであるが、日中関係のこの100年は戦争だけではない。それは確かに重要な側面である。日本が深く反省をし、きちんとお詫びするのは当然のことである。しかし、もう一つの交流の側面を見落としてはならない。日本は中国の近代化を促した、言わば触媒の役割を果たした、という評価すべき側面である。日中関係の根本は国民感情であり、相互理解がその基礎である。中国国家主席訪日も一つのきっかけとなり始まったこの研究の目的は、中国人の日本観を調べるところにある。本稿では魯迅の日本観を彼の一部の言動によって纏めた。
現代中国文化の母とも言われる魯迅は明治維新信仰で、日本を中国の鑑と見た。彼は20代という人間形成の決定的な時期を日本で過ごし、藤野先生という良き師に恵まれた。人生の最後の10年は上海で内山完造や増田渉のような友に巡り会い、その協力も得て大活躍をした。そういった中で、形成された彼の日本観は全面的、友好的且つ冷静なものである。概ね、日本人は真面目である。日本人は物真似がうまいと言われるが、模倣は短所ではない。日本も本当のことが言える処ではない。満州事変・上海事変以降、その反戦姿勢は明瞭である。中国人と日本人は兄弟であり、何時かは相互理解が出来るようになるであろうが、今は難しい。といったようなところである。魯迅は晩年に至るまで、日本の風光を偲び、日本が懐かしく、日本と日本の友人に思いを寄せていた。
言語
jpn
資源タイプ text
ジャンル Departmental Bulletin Paper
Index
/ Public / 奈良大学紀要 / 28号
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