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ID AN10086451-20080100-1001
アイテムタイプ Article
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Last updated : Dec 20, 2010
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タイトル 江戸時代の南都奉行所と法隆寺
著者
鎌田 道隆 (Kamada michitaka)
史学科
publisher
出版地 奈良
出版者 奈良大学史学会
上位タイトル
奈良史学 (Nara shigaku : Nara journal of history). Vol.25号, (2007. 12) ,p.1- 22
識別番号
ISSN
02894874
抄録 江戸時代の奈良に関する歴史研究は、近年になってさまざまな視点から掘りおこしが始まっているといってよい。しかし、その量はまだまだ貧しく、史観や史論をめぐり学説を戦わせる段階にはなく、史料の発掘から史実の確認・共有化を急いでいる状況であろう。古代史優先の奈良観が歴史研究の面でも、質量ともに豊かな成果をあげさせてきたというのは事実だが、今日の奈良を考えるとき、近世・近代史への関心の低さは、放置されてよいという訳ではない。古代の奈良はよくわかるが、近世・近代の奈良はほとんど見えないというのでは、現代と未来についての情報発信はできない。とりわけ奈良は平城京時代以後、寺社の多い旧都としての歴史をもち、その寺社とのかかわりの中で、喜びや涙の精神世界を地域の歴史に深く刻んできている。日本の中央史に顔を見せたこともあれば、地域史としてひっそりと穏やかな歴史へと、奈良の歴史は積み重ねられて、現代の奈良を息づかせている。本稿では江戸時代の奈良の地域史的な側面から、奈良の行政府と寺院との関係を、南都奉行所と法隆寺を具体例として、解明してみることとしたい。奈良の行政や寺院については、『奈良市史通史三』などで、概説的な記述を見ることができ、杣田善雄氏や大宮守友氏の研究などで解明が進んできたが、さらに具体的な奉行所と特定寺院との行政的関係のあり方については、未詳の部分が大きい。個別具体的な事例を考察しながら、南都奉行所の大和支配・寺院支配のあり方に言及してみようと考えている。結論から言えば、奉行所と法隆寺の相互関係において、きわめて緊密な交流が、江戸時代には意識的に育成されていたといえる。おそらく法隆寺だけが特別だったのではなく、南都の奉行所と大和の寺社との間に、常に緊密な関係が江戸時代には模索されていたのであろう。
言語
jpn
資源タイプ text
ジャンル Journal Article
Index
/ Public / 文学部 / 奈良史学 / 25号
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