奈良大学紀要
(Memoirs of the Nara University).
Vol.12号,
(1983.
12)
,p.169-
178
識別番号
ISSN
03892204
抄録
イミュレ・ラカトシュの業績は,政治,教育に関するいくつかの論文のほか,科学哲学においては,数学の哲学,科学史の合理的再構成の理論,帰納の問題の研究などの諸方面にわたっているが,特に注目されるものは,「科学的研究プログラム(scientific research programme) の方法論」の提唱であろう.彼はポッパーの合理的・批判的な発見の論理をうけつぎ,その反証主義に一定の評価を与えつつ,さらに現実の科学の手続をよりよく説明しうる科学的研究プログラムの方法論へと,ポッパーの仕事を前進させたと自ら考える.ラカトシュは,科学の成長・変化についてのクーンやファイヤアーベントの非合理的アプローチに不満をいだき,科学の進歩を合理的・規範的に説明しうる枠組として研究プログラムという概念を作り出し,このプログラムの進歩と退歩の論理的・経験的なメルクマールを明示したと見ることができるであろう.本論文の前半では,従来の反証主義の諸段階に対するラカトシュの批評と,それらを越えて得られた「洗練された反証主義(sophisticated falsificationism)」および研究プログラムの方法論の立場を概観し,後半においては,このラカトシュの新しい立場の細部にもわたって分析と批判を行おうとするものである.